私たちが日常的に利用しているキッチン、洗面所、浴室、トイレなどの水回り設備。その排水口から下水の悪臭や害虫が上がってこないのは、「排水トラップ」とそこに溜まる「封水」のおかげです。この仕組みは、単純ながらも水の物理的な性質を巧みに利用した、衛生設備における重要な発明と言えます。排水トラップにはいくつかの種類がありますが、最も一般的なのは、配管をS字、P字、またはU字型に曲げた形状の「管トラップ」です。この湾曲部に水が溜まることで、下水側からの空気の逆流を遮断します。Sトラップは主に床下に排水する場合、Pトラップは壁側に排水する場合に用いられます。Uトラップは、より深い封水を確保できるのが特徴です。その他にも、キッチンシンクの排水口直下によく見られる、お椀を逆さにしたような部品で封水を作る「椀トラップ(ベルトラップ)」や、洗濯機パンや業務用の厨房などで使われる、円筒形の容器内に封水を作る「ドラムトラップ」など、設置場所や用途に応じて様々な形式のトラップが存在します。これらのトラップに溜まる水、すなわち封水が、その機能を果たすためには、一定の水深が保たれている必要があります。この水深は「封水深」と呼ばれ、通常50mmから100mm程度と定められています。この封水深が、下水管側からの圧力変動に対抗し、臭気やガスが室内へ侵入するのを防ぐ抵抗力となります。しかし、この封水は常に安定しているわけではなく、様々な要因で失われることがあります。これを「破封」と呼びます。破封の原因としては、前述した蒸発、自己サイホン作用、誘導サイホン作用、毛細管現象の他に、「噴き出し現象」があります。これは、排水本管の詰まりなどにより、排水が逆流してトラップから溢れ出す現象です。これらの破封現象は、水리학的な原理に基づいています。サイホン作用は、管内の圧力差によって液体が吸い上げられる現象であり、毛細管現象は、液体の表面張力と付着力によって細い管の中を液体が上昇または下降する現象です。排水トラップと封水の仕組みは、これらの水の性質を理解し、制御することで成り立っています。建築設備設計においては、適切なトラップ形式の選定、十分な封水深の確保、そして破封を防ぐための通気設備の設置などが、衛生的で快適な室内環境を維持するために不可欠な要素となるのです。
知っておきたい排水トラップと封水の科学