全ての始まりは、私が住む、築三十年の木造アパートの、二階の部屋の、天井の隅にできた、小さなシミでした。最初は、五百円玉ほどの大きさ。私は、「古い建物だから、雨漏りかな」と、軽く考えていました。しかし、そのシミは、雨が降っていない日にも、まるで生き物のように、少しずつ、しかし確実に、その面積を広げていったのです。管理会社に連絡すると、「一度、様子を見に行きます」と言ってくれたものの、なかなか来てくれる気配はありません。そして、運命の日。私が仕事から帰宅し、部屋のドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、信じられない光景でした。天井のシミの中心部が、重さに耐えきれず、大きく崩落し、そこから、滝のように水が流れ落ちていたのです。床は、完全に水浸し。私の大切にしていた、本や、パソコン、そして思い出のアルバムは、全て泥水の中に沈んでいました。原因は、私の部屋の上、つまり屋根裏を通っていた、給湯管の経年劣化による、ピンホールからの水漏れでした。長期間にわたって、じわじわと漏れ続けていた水が、天井の石膏ボードに溜まり、ついにその限界を超えて、崩壊したのです。管理会社の対応の遅れもあり、被害は、私の部屋だけでなく、階下の部屋にまで及んでいました。それからの数週間は、まさに悪夢でした。保険会社との、煩雑な手続き。濡れてカビが生えてしまった、家財の処分。そして、階下の住人の方へのお詫び。幸い、水漏れの原因が、建物の設備不良であったため、修繕費用や、私の家財の損害、そして階下への賠償は、全て大家さんの保険で賄われることになりました。しかし、お金で戻ってくるのは、物の価値だけです。水に濡れて、インクが滲んでしまった、両親からの手紙。歪んで、二度と開けなくなってしまった、学生時代のアルバム。お金では決して買い戻すことのできない、かけがえのない思い出の品々を、私は、あの水漏れで、永遠に失ってしまったのです。あの天井の小さなシミは、単なる汚れではありませんでした。それは、これから起こる悲劇を知らせる、涙の滴だったのだと、今なら、そう思います。
私が水道管の水漏れで家財を失った話